記者の大地:
北海道発行50年 第2部/5止 /北海道
7月11日11時0分配信 毎日新聞
◆当時、道警担当だった大橋弘さん
◇誘拐、逮捕スクープ 緻密に裏付け、果断に書く
1966年9月12日、毎日新聞北海道版の1面に「下請けの二人、けさ逮捕」というスクープ記事が躍った。8日に発生した
札幌市の
建設会社社長(当時54歳)誘拐事件。容疑者2人を顔写真入りの実名で報じたのは、記者3年目の大橋弘さん(69)らの道警担当グループだった。
当時、同市の警察署は四つしかなく、若い記者たちは、
札幌中央署を拠点に札幌東、北署と巡回するのを常としていた。明けても暮れても署に顔を出す生活を「トンペー回り」と称した。
8日午後。大橋さんは、その日3回目のトンペーに出た。東署の刑事部屋は、平穏だった午前中と打って変わり、緊迫していた。殺人などを担当する1係の刑事たちの目が血走っている。いつもなら「ダイちゃん」と気安く声を掛けてくる刑事が、「取り込んでるから」と素っ気ない。「何かある」
その日の午前、建設会社社長が道警の捜査員を名乗る男に呼び出され、小切手帳を持ったまま行方不明になっていたのだった。誘拐と断定した捜査本部は同日夕、被害者救出の観点から異例の報道延期を要請。マスコミ各社も協力した。
そして“協定”の切れた11日の朝刊で、
新聞各社は一斉に事件を報道。毎日は「姿消した二人追及」と、後に逮捕される20代の元運転手2人組の関与を強くにおわせた。
毎日の記事を巡り、東署詰めの記者は大騒ぎとなった。ただ、捜査本部長の札幌東署長は記者会見で「事情を聴いたがアリバイがある」と断言、毎日の誤報であることをほのめかした。
納得しない大橋さんは一計を案じ、署長室の窓に目を付けた。夏草が生い茂る窓の外の浅い溝に身を潜め、電話のやり取りを盗み聞きしようという算段である。待つこと1時間。2階の捜査本部から戻った署長が、大声で道警幹部に報告しているのが聞こえてきた。「2人のうち1人は暴力団関係者」「横領で別件逮捕」「1人は任意同行で自供させる」−−。
ガラス窓越しのこと、筒抜けだった。記者会見から、容疑者のアリバイ成立を報じた各紙の中で、同僚記者が逮捕状請求を確認した上で書いた毎日の記事は抜きんでていた。
◇
実は、その溝には別の社の記者も潜んでいた。同じ情報を手に、同紙は「重要参考人の元運転手 別件で逮捕状」と報じた。その時点で捜査の流れに乗った記事だった。だが大橋さんは、最終的にコンビで動いていた2人とも逮捕されることを見越し、記事を書いた。その後、社会部記者、
デスクとして数々の事件に立ち会った大橋さん。当時を振り返りながら「記者は、緻密(ちみつ)に裏付けを取り、果断に記事を書かなくてはならないと信じている」と力を込めた。【山田一晶】=おわり
◆後記
◇今も変わらない、特ダネ狙う精神
「記者はなぜ特ダネを狙うのか」。新聞論を学ぶ愛知県の
大学生を相手に、大橋さんは説明する。「発表を待てば記事が書けるだろう。だが、官憲の発表にはウソもある。いち早く情報をキャッチし、裏付けを取り、独自に報道することが、新聞の価値なのだ」と。当時の新聞を読み直していると、裁判員制度もスタートした今とは、事件報道のあり方、容疑者の人権に対する感覚も大きく変わっていることに気づく。ただ、特ダネを書こうとする記者精神は今も変わらない。そして事件取材が、権力不祥事の暴露や、調査報道の原点であることを、大橋さんの言葉から改めて感じた。<題字は毎日書道展審査会員・山田起雲氏>
■ことば
◇建設会社社長誘拐事件
66年9月8日、札幌市の建設会社社長(当時54歳)が、道警関係者を名乗る男に呼び出され、小切手帳を奪われたうえ、絞殺された。事前に犯行をほのめかしていた下請け会社の元運転手2人(いずれも20代)が浮上、12日に逮捕された。2人は強盗殺人罪などで起訴、1人は死刑、1人は無期懲役が確定した。
■人物略歴
◇大橋弘(
おおはし・ひろし)
東京生まれ。1964年入社。70年まで道警。73年東京本社社会部。労働担当、国会担当。86年社会部副部長、90年生活家庭部長。93年から論説委員。現在、中部大学(愛知県)人文学部教授。